
「決められた役割を演じるというのは
難しいものだな・・・」

先日バイクの駐輪場で若い子に声をかけられ
色々喋っていました。
初対面だったんですが、
SUZUKI車乗りという事もあって
話の入り口は簡単でした。
ただ、そこから何故か人生相談を受ける事となり
気付けば数時間彼の話を聞いていました。
初対面やで?(汗)

その後はそこから何かに派生する事もなく別れ。
言いたい事だけ言って
スッキリした様相で帰っていきました。
まぁ、別に見返りとか求めてないし
彼の気持ちが少しでも軽くなってくれれば
それで良いんですけど、
僕が悶々としてるという事は
僕は自分自身言いたい事が言えなかったのかなと
なんとなくモヤッとした気持ちになりました。
職場の人とご飯に行って仕事の愚痴を聞いたり
住んでる所のご近所トラブルの仲介をしたりと、
まぁ色々と濃い日々を過ごしてる訳ですが、
僕も吐き出したいタイプの人間なので
実際は僕の話も聞いて欲しい訳ですよ。
なのに現実は人の話を聞いてばかり。
人のヘイトを受けるだけ受けて
僕だけガス抜き出来てないって事なんで、
もうひたすら溜まっていくしかない。
言えないままこの歳になってしまったので
もう一人で解決するしか方法がないんですよね。
環境に適応して生きていくには仕方ないけどさ。

世の中には様々なモノに対する
役割名称があるようで、
おそらく僕は社会にとっては
そういう役割を担う存在なんでしょう。
振り返ると人の話や相談を聞き出したのは
小学生の頃からなので、
もうそういう対応が染みついてるのカモしれん。

役割理論という心理学や社会学に結び付けた
理論もあるようですが、
僕は感覚で生きているので
論理的な対応やお話は出来んけど、
他人にはある程度の対応が出来るらしいので
そういう点では人の役に立っているのかな。
でも、自分に同じように接する事が出来ないんで
結局苦しい気持ちのままなのさ。
だから僕も吐き出したいし聞いて欲s(以下略)

隠居やら終活したい気もしてて
実際今年はそのような動きも取ってるけど、
どうやら世間はまだそれを許してないらしい。
ジャマイカに行ったら行ったで
何かしらの役割をこなさなアカンのでしょう。
そういえばむかし一度そういう事が嫌で
他県に失踪した事があるんやけど、
結局責任からは逃れられず
引き返したことがあった。
結局は現実からは逃げられんって事よ。

誰かに必要とされるのは嬉しい事でもあるけど、
自分のキャパや余裕を超えた対応はしんどいよ。
他人に尽くし過ぎて自分がなくなるって感覚、
この歳になるまで気付けんかった。
人の為にはなったんカモしれんけど、
それで自分を見失うってなんだ。
俺の人生は自分の為じゃなかったんか。
あまりにも悲しい。
うーん・・・やっぱ
ガス抜きが必要のようですな。